なみえ焼そばとの“ひょんな”縁。金町「かもし処 ひょん」で起きた伝説の一日

2022.5.9 | Author: 天谷窓大
なみえ焼そばとの“ひょんな”縁。金町「かもし処 ひょん」で起きた伝説の一日

全国のコミュニティFMをネットしてお送りするラジオ番組『ロコラバ』。12時台にお送りしている「東京ロコラバ・ランチ」では、「東京で“ふるさと”をいただく」をテーマに、全国各地のご当地グルメが集まる東京で味わえる“ふるさと”をご紹介しています。

 

今回は金町「かもし処 ひょん」にお伺いし、福島県双葉郡浪江町(なみえまち)のソウルフード「なみえ焼そば」を体験。太さもボリュームも桁違いな一皿の背景には、お腹のみならず胸までいっぱいになる珠玉のエピソードが隠されていました。

3倍級の極太麺に大量の豚バラもやし。学校給食としても親しまれる「なみえ焼そば」

1955(昭和30)年、当時の国鉄浪江駅前にあった居酒屋「浪江名物元祖焼きそば 縄のれん」のメニューであった極太麺の焼きそばをルーツとする、なみえ焼そば。一般的な麺の約3倍の太さを持つ極太麺は一見すると焼きうどんと見た目の区別がつきませんが、“かん水”を使って作られた、れっきとした中華麺です。その上に乗っかるのが、ラードで炒めた大量の豚バラ肉ともやし。一皿で2〜3人前はあろうかというボリュームです。

漁師など、肉体を酷使する一次産業の人々の空腹に応えるべく、進化を繰り返して現在の姿に至ったそう。地元では学校給食のメニューにも登場し、浪江町の人々にとっては幼少期からのソウルフードとして親しまれています。

 

東京の下町・金町で福島県富岡町出身の夫妻が10年以上営む居酒屋

今回お伺いした「かもし処 ひょん」があるのは、映画『男はつらいよ』の舞台である柴又にもほど近い東京都葛飾区金町。京成金町駅に隣接する踏切を渡り、雰囲気のいい飲み屋街に入ると、銚子と徳利をあしらった、トレードマークの紺色のれんが見えてきます。

左から「かもし処 ひょん」の横田貴子さん、郁夫さん

お店を切り盛りするのは、浪江町に隣接する富岡町(とみおかまち)ご出身の横田郁夫さん、貴子さんご夫妻。数々の飲食業を経たのち、「日本酒と料理を楽しめるお店を」と、2005年に「かもし処 ひょん」をオープンしました。

「店名の由来は『ひょんなこと』から来ています」と、郁夫さん。オープン当初はお店のメニューに無かったというなみえ焼そばを、文字通り「ひょんなこと」から取り扱うようになったといいます。調理を見せていただきながら、お話を詳しく伺いました。

 

 

浪江町“お墨付き”のレシピ 「二度に分けてソース」がポイント

まずはラードで、豚肉ともやしを強火炒め。郁夫さんが中華鍋をふるうと、もうもうとした湯気とともに美味しそうな香りが立ち上ります。水分がほどよく飛ばされている証拠です。

その後、ソースとともに麺を投入し、よい塩梅になじんできたら、もう一度ソースを絡めて出来上がり。なみえ焼そばのポイントは、「ソースを二度に分けて入れる」ことなのだとか。

「まず麺をソースで軽く煮込むような感じですね。これによって味がしみこんで、美味しくなるんです」(郁夫さん)

横田郁夫さん

なみえ焼そばの公式レシピは、材料や調理手順まで厳しく決められた厳格なもの。お墨付きを得るため、郁夫さんは浪江町に出向いて“実技試験”に臨んだそうです。

「使っていい具材は、豚バラ肉ともやしだけ。普通の焼きそばでは一般的な目玉焼きや青のりは乗せてはいけない決まりです。『なみえ焼そばを伝承する心があること』という条件も設けられていて、“お墨付き”は1年ごとの更新制となっています」(郁夫さん)

お店で提供するなみえ焼そばの麺とソースは、浪江町の老舗製麺所「めんの旭屋」のものを使用。東日本大震災による避難指示によって移転を余儀なくされましたが、現在も相馬(そうま)市の工場で生産を続けており、これを東京に取り寄せて、地元・浪江の味を忠実に再現しています。

 

ソースのしみこんだ極太麺とシャキシャキ豚もやしの組み合わせは“三品分”の満足感

なみえ焼そば(税込700円)

大皿に盛り付けられた浪江焼きそばは、麺も具材もきれいなソース色に染まって、ボリューミーであると同時に調和の取れた姿。その美しさに、割り箸片手にしばし見とれてしまいます。

モチモチ麺とシャキシャキもやしの組み合わせが作り出す、飽きの来ない食感(筆者撮影)

スパイスの効いた濃厚ソースと豚肉の旨味をたっぷり吸い込んだ極太麺は、お箸ですくうとずっしり重みが手に伝わってくるボリューム。モチモチ、ツヤツヤとふくらんだ麺をギュッと噛みしめると、中に封じ込められたコクが口の中に広がり、自然とほっぺたが緩んでしまいます。

そこに彩りを添えるのが、強火でシャキシャキに仕上げられたもやしと豚バラ肉。もやしにもしっかりと豚の味がしみこんでいて、これだけでも一品料理として味わいたくなるほど。まるで三つの料理を同時に味わったかのような満足感です。

いわゆる「ソース味」とは違う、醤油の風味とダシの効いた、どこか和風の味わい。そう考えると「やはり焼きうどんなのでは?」と思いそうになりますが、鼻に抜ける香りはソースの香りで、焼きうどんともまた違った雰囲気。やはりこの味、「なみえ焼そばの味」と表現せざるを得ません。

これまでに経験したことのない、的確な言葉を見つけたくなる味。空になったお皿を眺めながら、「もう一度食べに来なければ」という言葉が自然と口をつきます。

お皿の底には福島浜通りの名物「相馬野馬追」の水墨画が

 

10年の時を経て復活した浪江の地酒「磐城壽」に秘められたドラマ

店内を見回すと、さまざまな銘柄の日本酒がズラリと並んでいます。その中には、浪江町の地酒として知られる「磐城壽(いわきことぶき)」もありました。

海と港で働く漁師の人々が大漁のときに開ける祝い酒として知られており、地元では「ハレの日」の代名詞でもあった磐城壽でしたが、東日本大震災で発生した津波によって酒蔵が全壊。蔵についていた酵母菌も全滅してしまいます。さらに浪江町は、原子力災害にともなう避難区域へ指定されることに。地元での酒造りは、長年にわたって中止を余儀なくされました。

しかし、ここで奇跡が起こります。蔵の酵母菌を研究のためにたまたま保存していた機関があったのです。磐城壽を造る鈴木酒造店の人々は、この機関から酵母を譲り受け、山形県長井市で、浪江の蔵にあった酵母と浪江の水、コシヒカリによる酒造りを再開。震災から10年後の2021年に、悲願であった浪江の地へふたたび戻りました。

純米吟醸「甦(よみがえ)る」「磐城壽 ランドマーク」

純米吟醸「磐城壽 ランドマーク」は、日本酒らしからぬポップなアメコミ調のラベルがトレードマーク。「ただいま」と大きく書かれた吹き出しからは、ふたたび浪江の地に戻ってきた杜氏たちの喜びが伝わってきます。

同じく純米吟醸の「甦(よみがえる)」は、浪江に避難した人々と長井の人々が米作りから酒造りまで共同で作りあげた、記念碑的な一品です。太陽と手をつなぐ人々をモチーフにしたあたたかなラベルは、デザイナーとしても活躍する貴子さんの作品。酒がつないだ、浪江町と長井市の人々の強い絆が表されていました。

 

「なみえ焼そば」メニュー化につながった“ひょんな”一夜の話

なみえ焼そばをめぐる「ひょんな」話を語る横田さん夫妻

「開店当初、お店ではなみえ焼そばを出していなかったんです」と、郁夫さん。「提供のきっかけになったのは、開店から2年ほど経った、ある晩の出来事だったんです」と、貴子さんがエピソードを語ってくれました。

横田貴子さん

「磐城壽の社長である鈴木大介さんとは、もともと高校時代の同級生だったんです。ある日、磐城壽と『めんの旭屋』の社長が、東京でのイベント帰りにお店に立ち寄ってくれて。そこで常連さんの一人と意気投合して、そのまま浪江に連れて帰っちゃったんです」(貴子さん)

居酒屋で隣り合った客同士が意気投合する光景は珍しくありませんが、そのまま金町から浪江町まで向かってしまうとは・・・・・・!

「すべてのお客さんにはそんなことをするわけではないんですよ! たまたま知り合いの友達みたいな関係の人だったので。その人もまた、すごくノリのいい人で。『せっかくの機会だし、行っておいで!』って、タクシーに乗せて送り出しました。そのまま上野から浪江町に一緒に向かったそうです。翌日、お土産に両手いっぱいのなみえ焼そばを持ってお店に帰ってきて。いまとなってはお店の名物メニューです(笑)」(貴子さん)

三谷幸喜脚本の映画を彷彿とさせるような、コミカルでダイナミックなエピソード。本当にそんなこと、現実にあるんですね・・・・・・。たまたま異常にノリの良い常連さんであったというところも、何か運命を感じさせます。

まさに「ひょんなことから」つながった、お店となみえ焼そばの縁。同時に、あることをふと思い出しました。お店の最寄り駅である京成金町駅のそばには、JR常磐線の金町駅が。そう、金町はもともと、浪江町と一本の線路でつながる街だったのです。

「ひょんなこと」の背景に見えた、強い地縁。この出会いは偶然に見えて、実は必然だったのかもしれません。

 

■かもし処 ひょん

京成金町線「京成金町」駅から徒歩2分、JR「金町」駅から徒歩3分。
営業時間:17:00〜23:00
定休日:日曜・水曜
電話番号:03-3608-8347

取材・文 = 天谷窓大
企画・編集・撮影 = ロコラバ編集部(株式会社トランジットデザイン)

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